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「マイクロ法人で社会保険料を節約」本当に安全?税理士が知っておくべき最新スキームの盲点と対応策

公開日:2025/06/10

最終更新日:2025/06/10

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昨今、「社会保険料を節約できる」として、いわゆる「マイクロ法人スキーム」に関する相談が増えています。
本業とは別に小規模法人を設立し、その法人から低額の役員報酬を受け取ることで、健康保険・厚生年金の負担を軽減する——この方法は、一見合法かつ節約効果が高く見えるため、多くの個人事業主や会社員にとって魅力的に映るものです。

しかし、実務上のリスクや制度上の盲点も多く、税務・労務の専門家の間でも判断が分かれるテーマです。
本稿では、税理士として顧問先からこのスキームの相談を受けた際に押さえるべき論点を、構造・メリット・リスク・対応策に分けて整理します。

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マイクロ法人スキームの仕組みとは?

マイクロ法人スキームとは、本業の収入とは別に、自らが代表となる小規模法人(=マイクロ法人)を設立し、役員報酬を低額に設定することで、社会保険料の負担を軽減する手法です。

ポイントは以下の通りです。

・社会保険料は「法人の役員報酬」を基に計算される
・本業が個人事業や会社員でも、副業的にマイクロ法人を設立し社会保険に加入することで負担をコントロールできる
合法性はあるが、実態がなければ否認リスクあり

スキームの2つの代表パターン比較表

区分 個人事業主型 会社員型
本業の形態 個人事業(フリーランスなど) 会社員(給与所得)
本業の社会保険 国民健康保険・国民年金 健康保険・厚生年金(勤務先)
マイクロ法人の設立目的 社会保険加入(厚生年金など)と経費活用 本業退職後の保険加入維持、または副業法人の保険負担調整
法人での役員報酬 月5万〜8万円程度に設定 月5万〜8万円程度に設定(または0円)
期待される効果 国保・国年よりも社会保険料を節約しつつ、厚生年金を得られる 勤務先の社会保険よりも負担を抑えた上で厚生年金に継続加入
社会保険の保険料 役員報酬ベース(最低等級:約5万~6万円/月) 同上(役員報酬が低額であれば軽減)
将来の年金 厚生年金(ただし低額支給) 厚生年金を継続(報酬次第で支給額に影響)
活用されるケース 高所得のフリーランス(IT・士業など) セミリタイア、FIRE志向、副業法人など
注意点 実態のある事業運営が不可欠 本業との兼ね合い・実態の有無が問われやすい
主な否認リスク 実態のない法人とみなされる、みなし報酬扱い 副業規制・社会保険二重加入・実態乏しき法人の否認


マイクロ法人スキームのメリット

1. 社会保険料の節約と厚生年金への加入

マイクロ法人を設立し、役員報酬を最低等級(例:月額5〜6万円)に設定することで、健康保険料・厚生年金保険料を大幅に抑えることができます
たとえば報酬月額30万円の人が5万円に抑えると、年間で数十万円単位の節約につながるケースもあります。

さらに、個人事業主では加入できない厚生年金(2階建て年金)に加入できるため、将来の年金受給額を底上げできる可能性があります

 税理士としては、社会保険料負担のシミュレーションや厚生年金の将来的受給額についてもアドバイスが求められます。

2. 経費の拡大と福利厚生制度の活用

法人化することで、個人では認められにくい支出も、合理的な範囲で経費計上が可能になります。

代表的なものとしては以下が挙げられます:

・役員社宅の家賃の一部
・出張旅費(旅費規程の整備が必要)
・福利厚生費(飲食代、備品など)
・通信費・交際費

また、法人であれば小規模企業共済や中小企業退職金共済、企業型DCなどの制度にも加入できるため、税制優遇を受けながら老後資金の準備が可能です。

 税務調査対応も見据え、旅費規程や社宅規程などの整備を支援すると信頼が高まります。

3. 信用力の向上と資金調達の幅

法人であることによって、対外的な信用が増し、営業活動・資金調達・契約面で有利になる場合があります
特に以下のような場面で効果が見込めます:

・金融機関からの融資申請(公庫・制度融資等)
・補助金・助成金の申請
・法人名義での契約やリースの締結
・BtoB取引先との信頼構築

 個人事業では不利だった創業融資も、法人化により通りやすくなることがあります。

4. ライフスタイルやキャリア設計の柔軟性

セミリタイア・FIRE(早期退職)志向の高まりとともに、「本業を辞めて、マイクロ法人で最低限の報酬を得ながら厚生年金に加入し続ける」といった柔軟なキャリア設計が可能になります。

また、複業時代においては、「本業とは別に法人を持つ」ことで、事業ごとにリスクや責任を分ける設計にも適しています

 税理士としては、顧問先の人生設計に踏み込んだアドバイスが求められる場面も増えています。

見落とされがちなデメリットと注意点

1. 設立・維持にかかる固定コストが発生する

マイクロ法人を設立・維持するには、個人事業主では発生しない費用が恒常的にかかる点に注意が必要です。

主なコスト項目:

・法人設立費用(登録免許税・定款認証など:約20万円前後)
・法人住民税の均等割(赤字でも毎年約7万円)
・税理士・社労士等の顧問料
・会計ソフト利用料、法人口座の管理手数料など

一見、社会保険料を年間数十万円抑えられるように見えても、これらの固定費と相殺すると節約効果が限定的なケースもあるため、事前シミュレーションが重要です。

 税理士は、顧問料を含む総コストと社会保険料の削減額を比較し、「本当に得かどうか」を説明する必要があります。

2. 社会保険給付が将来的に減少する

役員報酬を低額に設定すれば、当然ながら将来受け取れる社会保険給付も減少します。

具体的な影響:

・老齢厚生年金の支給額が少なくなる(最低等級だと極めて低水準)
・傷病手当金や出産手当金の支給額も減る
・労災保険や雇用保険の適用外となるケースもある(労働者性がないため)

「毎月の支出は減ったが、将来の給付が著しく減った」となれば、老後資金や保険での備えが別途必要になり、結果的にコスト増となる可能性もあることを説明しておくべきです。

 短期的な節約と長期的な保障とのバランスを、顧問先のライフステージに合わせて助言する視点が重要です。

3. 実態がないと判断されれば、否認・追徴のリスクがある

「法人を設立し、役員報酬を低くして社会保険に加入」するスキームは、制度上は合法でも、実態が伴わないと否認されるリスクがあります。

典型的な否認理由:

・収益活動が乏しく、実質的に「社会保険逃れ」のためだけの法人である
・報酬が「形式的」であり、業務内容と乖離している
・取引先や設備、人件費などの事業実態が見られない

このような場合、社会保険事務所や税務署による調査で、「実体のない法人」「みなし役員報酬の設定」と判断され、過去数年分の保険料の追徴や重加算税が課されるケースもあります

 税理士は、帳簿だけでなく「法人の実態」を立証できるように助言し、必要に応じて議事録・旅費規程・事業契約書などの整備を促す必要があります。

4. 社会的信用・融資審査への悪影響がある場合も

役員報酬を極端に低く設定すると、社会的信用や金融機関の審査に不利になる可能性があります。

具体的な影響:

・住宅ローンや自動車ローンの審査が通らない
・法人の売上が少なく、経営実態が疑われる
・取引先から「経営体力がない」と判断されるリスク

個人の信用情報にも影響が出る可能性があり、「節約を優先するあまり、将来の選択肢を狭めてしまう」という逆効果を招くことがあります。

 報酬額を下げる場合でも、本人の今後のライフプラン(住宅購入、教育資金、移住など)と照らして、影響を可視化して助言することが大切です。

マイクロ法人スキームの危険性

マイクロ法人スキームには以下のような危険性があります。

1. 実態のない法人と認定されるリスク

社会保険料逃れを目的とした法人設立とみなされた場合、「実体なき法人」として加入そのものが否認され、過去分を遡って追徴される可能性があります

2. 税務上の問題

税務調査において、役員報酬の不自然な設定が「みなし給与」と認定されたり、「過小役員報酬」による法人税否認リスクが発生することもあります。

3. 法改正のリスク

現時点で合法的に運用できていても、将来的に制度改正によって「最低報酬基準」や「社会保険の強制加入範囲」が見直される可能性があります。

4. 「節税」を売りにする悪質業者の存在

「合法的に保険料がほぼゼロ」などと強調する業者もおり、顧問先が無自覚に巻き込まれるケースも少なくありません

危険性 内容の詳細 具体的なリスク・想定される影響 税理士の対応ポイント
1. 実態のない法人と認定されるリスク 社会保険料逃れを目的とした法人とみなされると、「形式的な法人」として否認される可能性がある。特に収益・取引・従業員・設備等の実態が乏しい場合に疑われやすい。 - 社会保険加入の否認
- 保険料の遡及徴収(2年分が目安)
- 役員本人の年金資格・保険給付への影響
- 業務実態(契約書、HP、請求書等)を整備・保存
- 定期的な取引活動の記録保持
- 単なる「ペーパーカンパニー」に見えない設計支援
2. 税務上の問題 役員報酬が実態に比べて著しく低額な場合、「みなし給与」として課税されたり、法人税計算上「過小役員報酬」として損金不算入となる可能性がある。 - 所得税の追徴課税
- 法人税の否認・加算税
- 税務署からのマーク(調査対象化)
- 報酬設定の合理性(労働時間・事業内容との整合性)を説明可能に
- 役員報酬の見直し時期・議事録の整備
- 税務調査対応を見据えた事前対策
3. 法改正のリスク 今は制度上可能でも、将来的に「最低報酬基準」や「社会保険加入条件」が強化・変更される可能性がある。過去にも同様の規制強化事例あり。 - スキームが将来使えなくなる
- 突然のコスト増(社会保険料の加算)
- 制度変更に気づかず違法運用になるリスク
- 制度変更情報の定期ウォッチ
- 変更を見越した柔軟な法人設計の提案
- 顧問先への定期アラート・説明会の実施
4. 「節税」を売りにする悪質業者の存在 SNSや広告で「完全合法」「誰でも得する」などと煽る業者が存在。顧問先が無自覚にリスクの高い設計を導入するケースが増加。 - 顧問契約者が不適切なスキームに巻き込まれる
- 無申告・過少申告による重加算税リスク
- 税理士の関与責任や信頼失墜の恐れ
- 顧問先からの相談時に即時対応できる体制整備
- 「節税ありき」の提案を避ける
- 必要に応じて専門家(社労士・弁護士)と連携し対応

税理士としての助言と対応方針

税理士としては以下の観点に気を付けることが重要です。

1. スキームへの安易な同調は避けるべき

節約効果だけを前面に押し出して顧問先に同調するのではなく、制度の趣旨・リスクもセットで伝えることが重要です。

2. 実態のある事業運営を求める

法人設立の正当性を担保するには、事業としての収益・取引・設備・発信などの「実態」が不可欠です。報酬設定の合理性も含めて記録しておきましょう。

3. 社会保険労務士との連携

社会保険の加入・給付・手続き面では、社労士との連携が不可欠です。チームとして顧問先に対応する体制が望まれます。

4. 記録と事前説明の重要性

「節約の可能性はあるが、以下のリスクがある」という説明を事前に行い、議事録やメモを残しておくことで、後のトラブル回避に繋がります。

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まとめ

マイクロ法人スキームは、条件次第では一定の節約効果を生む手段ではあります。しかし、その裏には制度の趣旨との摩擦、否認リスク、将来給付の不利益といった見過ごせない影響が潜んでいます。

税理士としては、「目先の保険料」ではなく「5年後・10年後の顧問先の安定と信用」を見据えた助言が求められます。「節税ありき」ではなく、「信頼ありき」の関与こそが、今後の顧問契約を長期的に維持するカギとなるでしょう。

執筆 ・ 監修

平川 文菜(ねこころ)

熊本出身。2018年京都大学卒業。在学中より税理士試験の勉強を始め、2018年12月に税法三科目(法人・消費・国徴)を同時に合格し、官報合格を果たす。 2018年9月よりBIG4 税理士法人の一つであるKPMG税理士法人において、若手かつ女性という少数の立場ながら2年間にわたり活躍。税務DDやアドバイザリーといった幅広い業務に従事。 2020年9月より、外資系戦略コンサルティングファームであるボストンコンサルティンググループに転職。戦略策定から実行支援まで幅広い業務に従事。2024年12月にフリーランスとして独立。